【No1017】海外に相続人がいる場合の相続手続と税務上の留意点
近年では、留学や移住などにより海外に居住されている方も多いため、海外に相続人いる場合も少なくありません。今回はそのような海外に相続人がいる場合の相続手続と税務上の留意点についてご紹介します。
(1)遺産分割協議と必要書類
相続があり遺言書がある場合には、その内容に従って財産の承継が行われますが、遺言書がない場合には、法定相続人全員でそれぞれの遺産を誰がどのように相続するのか話し合い、遺産分割協議書を作成します。これは相続人が海外にいる場合も同様です。
そして、不動産の名義変更や預貯金の引出しなどの相続手続を国内で行う場合には、遺産分割協議書に実印を押印して、印鑑登録証明書を添付するのが一般的です。しかし、海外に居住している場合には日本の住民票を抹消していることが多く、印鑑登録証明書を取得できません。
そのため印鑑登録証明書の代わりとして署名証明書(サイン証明書)が必要となります。署名証明書は、申請者の情報と署名(サイン)が記載されたもので、現地の日本大使館や領事館、日本国内の公証役場で申請をして取得することができます。
この署名証明書の取得には以下の2つの形式があります。
① 単独型
単独型は、独立した証明書で、印鑑証明書と同じ形式で発行されるものであり、1枚の証明書で複数の手続に利用できるため汎用性が高い一方で、文書(遺産分割協議書など)との一体性がないため、提出先によっては受け付けられない場合があります。
② 綴じ込み型
綴じ込み型は、証明書と署名する文書をホチキスなどで綴じ込み一体となった形式で発行されるもので、割印を押印することで、両者がセットであることを証明します。
また、署名した文書と証明書の一体性が担保されているため不動産の所有移転登記など厳格な本人確認が必要な手続でも受け入れられやすい一方で、証明書は特定の1つの文書でしか利用できないため、手続ごとに証明書の発行が必要となり、費用や時間がかかります。
なお、海外に居住している相続人が不動産登記などの相続手続で住民票が必要となる場合には、住民票の代わりとして在留証明が必要となります。
在留証明も署名証明書と同様に現地の日本大使館や領事館で申請をして取得をすることができます。
署名証明書や在留証明は、海外居住者が日本の手続を行ううえで非常に重要な書類です。どのような書類が必要なのか提出先の機関や手続によって異なりますので、事前に確認することが重要です。
(2)相続税の留意点
相続税の申告で税額軽減や各種特例を適用するには、申告期限までに遺産分割を確定させておく必要があります。しかし、相続人が海外に居住している場合には、遺産分割協議書への署名や必要書類の準備に時間がかかるため、分割が期限に間に合わないリスクがあります。分割が未了のまま申告期限を迎えると、主に以下の特例が適用できなくなるため注意が必要です。
① 配偶者の税額軽減
配偶者が相続した財産には、法定相続分または1億6,000万円のいずれか多い額まで、相続税が無税となる制度です。この特例は、配偶者が実際に取得した財産の額に基づいて適用されるため、遺産分割が完了し、配偶者がどの財産をどれだけ取得するかが確定している必要があります。
遺産が未分割の場合、誰がどの財産を相続するかが決まっていないため、この特例は適用できません。そのため、いったん法定相続分で計算された相続税を納税することになります。
② 小規模宅地等の特例
被相続人が居住していた宅地や、事業を営んでいた宅地について、一定の要件を満たすことで、その宅地の評価額を上限面積まで80%又は50%減額できる制度です。この特例も、誰がその宅地を取得するかが確定していなければ適用できません。
遺産が未分割の状態では、宅地を誰が相続するかが決まっていないため、この特例の適用を受けることができず、宅地の評価額が高くなり、結果として相続税額が増加します。
(3)所得税の留意点
被相続人が亡くなった時点で、1億円以上の対象資産を所有していた場合、その資産を海外にいる相続人が相続するとその対象資産の含み益に所得税が課税されます。この場合、被相続人が亡くなった日から4か月以内に相続人が準確定申告を行う必要があるため注意が必要です。
ここでの1億円の判定は、海外にいる相続人が取得した資産の価額だけで判定するのではなく、被相続人が相続開始時に保有していたすべての対象資産の合計額で判定されます。
また、遺産分割が確定していない場合には、民法の規定による法定相続分で計算をして申告して、その後、遺産分割が確定して取得割合が変わった場合には、修正申告や更正の請求を行う必要があります。
① 国外転出時課税制度
国外転出時課税制度は、1億円以上の対象資産を持つ居住者が海外に移住することで、その資産の含み益に対する課税を回避することを防ぐ目的で創設された制度です。この制度は、国外転出時だけではなく、相続によって海外にいる相続人に資産が移転する場合にも適用されます。
② 対象資産
・有価証券(株式、投資信託、債券など)
・匿名組合契約の出資持分
・未決済の信用取引、デリバティブ取引
(4)おわりに
今回は相続人が海外にいる場合の相続手続と税務上の留意点についてご紹介いたしました。相続人が海外にいる場合の相続は、署名証明書や在留証明書の取得、郵送などの時間がかかりますので、あらかじめ分割が決まっている場合などは遺言書を作成しておくことをお薦めします。
(文責:税理士法人FP総合研究所)