【No577】取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第4回・第5回)の概要
国税庁は、取引相場のない株式の相続税評価見直しに向け、令和8年7月3日に第4回、8月20日に第5回の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催しました。 第4回会議では、相続税法上の「時価」の厳格な意義や、評価における政策的配慮(事業承継等)の分離について踏み込んだ議論がなされました。 さらに、第5回会議では、国税庁側の「評価見直し案の骨子(たたき台)」が初めて示され、原則的な評価方式を「残余利益方式(残余利益モデル)」へ一本化するなどの極めて抜本的な方向性が明らかになりました。 中小企業経営者の皆様にとって、将来の事業承継や自社株対策に極めて重大な影響を与える内容となっています。
1.時価の定義と事業承継対策を切り分ける議論(第 4 回会議)
① 相続税法第22条の「時価」の厳格な意義
第4回会議では、国税庁より、すべての財産評価に共通する基準として「時価」の解釈が改めて提示されました。判例上、時価とは「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われるとした場合に、通常成立すると認められる客観的交換価値」とされています。取引相場がないという属性(流動性・換金性の乏しさ)のみを理由に独自の低評価をすることは、預貯金や不動産など他の種類の財産との間で税負担の不均衡を招き、課税の公平性を害すると指摘されました。
流動性がないこと自体は「想定上の自由取引」を前提とする評価段階では考慮せず、一律の基準で適正に時価評価をすべきとの原則論が確認されています。
② 客観的評価と政策的配慮(事業承継支援)の分離
「中小企業の円滑な事業承継を支援するために評価額を抑えるべき」との意見に対し、有識者会議では「客観的な時価の評価」と「政策的な税負担のあり方(事業承継支援)」は切り離して議論すべきとの考え方が大勢を占めました。 政策的配慮は、国税庁が定める「評価通達」で株価を引き下げる形で行うのではなく、国会が定める「法律(特別措置等)」によるべきとされました。
この参考事例として、昭和58年に個別通達から法制化された「小規模宅地の特例」や、評価段階ではインカムアプローチ(簡易収益還元法)による適正評価を適用しつつ、法律(税制)によって事業用資産の85%評価減特例を設けている「ドイツの税制改革」が紹介されました。
③ 類似業種比準方式の「予見可能性」への疑問と総則6項対応からの脱却
従来、類似業種比準方式は簡便で予見可能性が高いとされてきましたが、国税庁による分析(評価法人の財務実態を一定に固定し、類似業種の分母のみを変動させたシミュレーション)の結果、直近の株価高騰等の影響を受け、7〜8割の業種で株価が1〜2割下落する現象が確認されました。
このように、評価法人の実態とは無関係な外生変数(類似業種データ)に左右される現在の仕組みは、必ずしも予見可能性が高いとは言えないのではないかとの疑問が呈されました。 また、現行制度を逆手に取った「株価圧縮スキーム」に対しては、現状「総則6項」を適用して個別更正せざるを得ませんが、これは予見可能性を著しく損なうため、評価通達そのものを改正して抜本的に対処することが急務であるとされました。司法からも通達を改正しない不作為を指弾されるリスクがあり、国税庁側も改正の検討を急いでいる実態が明かされました。
2.原則的評価方式として提案された「残余利益方式(残余利益モデル)」(第 5 回会議資料)
国税庁のたたき台では、会社規模に関わらず原則的な評価方式を一種類に一本化する方向性が示され、その具体的な手法として「残余利益方式(残余利益モデル)」が提示されました。
① なぜ「残余利益方式(残余利益モデル)」なのか
インカム・アプローチの代表的な手法(配当還元、DCF法、残余利益方式)の比較において、以下の理由から残余利益方式が定性的に最も実務に適しているとされました。
・配当還元方式
配当を意図的にゼロに抑制している企業等には適用できない。
・DCF法
将来のフリー・キャッシュ・フロー(FCF)や設備投資の予測が極めて困難。
・残余利益方式
現時点の保有資産を起点とするため、将来予測への依存度(残存価値の割合)が明らかに小さい。また、将来利益の予測は過去の実績等から比較的容易である。 何より、株価の計算に必要なものが「直前期末の貸借対照表(B/S)」と「過去数年分の損益計算書(P/L)等(法人税申告書から容易に取得可能)」のみであり、実務上の算定負担が非常に軽い(複雑な業種目判定や1株当たり資本金の調整が不要)というメリットがあります。
② 新たな評価計算のイメージ
残余利益方式による株式価値は、以下のように「資産そのものの価値」と「将来の稼ぐ力」を足し合わせる考え方に基づきます。
・株式評価額 = ① 簿価純資産価額 + ② 将来の残余利益の現在価値(超過収益力)
会社が上げた利益のうち、期待収益率(上場株式の平均期待収益率等を参考にCAPM等で算定)以上の収益を上げている会社は「簿価純資産以上」に評価され、期待収益率以下または赤字の会社は「簿価純資産以下(簿価純資産から下がる)」に評価されます。 これにより、継続企業の「実態の稼ぐ力」に応じた、非常に合理的で中立な評価が可能になるとされています。
3.恣意的な株価圧縮スキームへの抜本的メス(第 5 回会議資料)
新たな評価体系の導入は、現行制度の盲点を突いた多種多様な租税回避スキームを機能不全にすることを大きな目的としています。
① 会社規模等の操作による圧縮への対応(規模区分の廃止)
現行制度では、会社の規模区分(大・中・小会社)によって評価方式(比準方式、純資産方式、併用方式)が異なるため、意図的に会社規模を操作(従業員を転籍させる等)して大会社に該当させ、評価額を著しく引き下げるスキームが存在します。 これに対し、規模に関わらず「単一の評価方式(残余利益方式)」を原則適用することで、規模操作のメリット自体を排除し、評価の不公平(評価額の“崖”)を解消します。
② 利益の一時的操作による圧縮への対応(「正常利益」の導入)
オペレーティング・リースの活用、役員報酬の引き上げ、一時的な役員退職金の支給などにより、課税時期の利益を一時的に赤字・低利益に操作して評価額を圧縮するスキームが存在します。 これに対し、企業価値評価の実務を参考に、評価は法人の非経常的な利益・損失を適切に修正(除外)した「正常利益(企業の経常的な収益力)」に基づいて行うことで、恣意的な株価操作を排除する方向性が示されました。
4.その他の例外的・特定の評価方式の見直し(第 5 回会議資料)
原則的評価方式の残余利益方式への移行に伴い、現行の「純資産価額方式」や「配当還元方式」の位置づけや内容も大幅に見直されます。
① 純資産価額方式の位置づけ変更と実務的な見直し
継続企業を清算前提の「時価純資産価額」で評価することの不合理性を解消するため、純資産価額方式は原則的な評価方式から除外されます。ただし、保有資産の清算価値が株式の大部分を占めるような「特定の評価会社(資産管理会社など)」の評価方式として限定的に存置される方向です。 また、現行の純資産価額方式における実務負担の大きさ(土地の一筆評価等)の簡便化や、会計上の退職給付引当金・賞与引当金等の債務控除容認など、実務家の要望に応じた算定の適正化・負担軽減も併せて検討課題とされています。
② 配当還元方式の適用制限
特例的評価方式(配当還元方式)を、無議決権株式(種類株式)などを用いて不当に適用させるスキームへの対策として、適用のための判定基準や対象株主の範囲が見直される方向です。一方で、同方式は少数株主の利便性等の観点から一部残さざるを得ないため、従業員持株会への影響なども考慮した慎重な設計が模索されています。
5.今後のタイムラインと実務への展望
国税庁は、悪質なスキームを迅速に封じるため、本年秋を目途に改正の一定の方向性を与党などの税制改正プロセスにのせて進めていくとしています。
実務家や経済界からは、今回の抜本改革に伴い、自社株の評価額が大幅に変動(稼ぐ力の強い会社では大幅な上昇、赤字や収益力の低い会社では下落)する可能性があるため、事前に影響範囲を十分に検証する「激変緩和やシミュレーション」の提示が強く要求されています。
今回改革が実現すれば、従来の「類似業種比準方式を前提とした一時的な利益圧縮対策(いわゆる株価対策)」は通用しなくなる可能性が極めて高く、今後は「正常利益」や「残余利益モデル」に基づいた、中長期的な収益力管理と事業承継対策が必要になるものと考えられます。
(文責:税理士法人FP総合研究所)