【No1064】遺言執行者の指定がない遺言での相続手続
遺言書に記載すべき主な内容は、誰にどの財産を相続させる(または遺贈する)のか、補充遺贈(予備的遺言)、そして遺言執行者の定めです。このうち今回取り上げるのは、遺言執行者の定めがない場合の相続手続です。法的には、遺言執行者の定めがなくても、遺言に基づく相続手続は可能です。ただし、遺言の記載内容や相続人の状況によって、実務で円滑に進むか否かは異なります。
1.財産の承継先が特定されていれば、取得する相続人が単独で手続できる
「自宅は長男に」「全財産を妻に」のように、どの財産を誰が承継するかまで特定した遺言を「特定財産承継遺言(相続させる遺言)」といいます(民法1014条2項)。対象財産は被相続人の死亡と同時に承継する相続人へ移転するため、ある財産をひとりの相続人が単独で取得する場合、その相続人は、他の相続人の関与なく単独でその財産の手続を進められます。たとえば「預貯金はすべて妻に」とあれば妻がその預貯金の解約・名義変更を、「自宅は長男に」とあれば長男がその不動産の相続登記を、それぞれ単独で行えます。この場合、他の相続人の同意書・印鑑証明書は原則不要で、遺言執行者がいなくても手続できます。有効な遺言書(公正証書遺言、または検認済み・保管制度利用の自筆証書遺言)と戸籍を示せば、取得する相続人本人による手続を認めるのが一般的です(必要書類や取扱いは金融機関によって異なります)。ただし、遺言の内容によっては、取得者ひとりでは手続できないこともあります(後記3を参照)
2.遺留分があっても、遺言に基づく手続はできる
では、遺留分の侵害がある場合はどうでしょうか。「全財産を一人に」という遺言では、他の相続人の遺留分を侵害することがあります。しかし、その場合でも、遺言執行者がいなくても相続手続に支障はありません。改正前の遺留分減殺請求の制度では、遺留分を主張されると対象財産が共有状態に戻り得ましたが、平成30年改正(令和元年7月施行)により、遺留分は金銭の支払いを求める権利(遺留分侵害額請求権)に改められました(民法1046条)。遺言による財産の帰属自体は覆らず、遺留分は、財産を多く取得した相続人が他の相続人へ金銭を支払うという、当事者間の精算として別途処理されます。したがって、他の相続人に遺留分があるというだけの理由で、金融機関が遺言に基づく手続を拒むことは、通常ありません。
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【例外的に相続手続が止まる場合】 他の相続人から金融機関へ、遺言の無効を主張して係争中である旨の通知(内容証明郵便や裁判所からの書面など)が届いている場合は、注意が必要です。金融機関は、すでに明確な紛争状態にあると判断すると、トラブルを避けるため、遺言執行者の有無にかかわらず、決着がつくまで口座を凍結し、手続に応じないことがあります。 |
3.割合で分ける遺言は、取得者ひとりでは手続が難しい
「相続させる」と書かれた遺言でも、割合で分ける内容のものには性質の異なる二つのタイプがあり、いずれも、取得する相続人が単独で手続を進めることは難しくなります。
一つは、特定の財産について共有持分の割合を指定するもの(例:「証券口座を妻2分の1・弟2分の1」)です。これは特定財産承継遺言の一種と解され、その財産は指定どおりの共有として被相続人の死亡と同時に承継されます。承継先は確定しているため、遺言執行者がいれば、遺言執行者が単独で解約・移管を行えます(民法1014条)。一方、遺言執行者がいない場合は、共有者である相続人が自分の持分だけを単独で手続することはできません。なぜならば、金融機関は原則として口座単位で取り扱うため、一つの口座を持分ごとに切り分けて一部だけ解約するといった扱いにはほとんど応じないからです。結果として、その財産を共有する相続人全員の書類が揃うまでは、手続を進めることは難しいでしょう。
もう一つは、財産を特定せず全体の取り分割合だけを定めるもの(例:「全財産を妻6・長男4」)で、これを「相続分の指定」といいます(民法902条)。この場合、割合は決まっても、どの財産を誰が取得するかは未確定です。そして、その割り振りを確定させるのは相続人間の遺産分割協議であり、遺言執行者の職務ではありません。したがって、このタイプは遺言執行者を選任しても、協議が調うまで個別財産の名義変更等に着手できません。遺言執行者では解決できない点に注意が必要です。
いずれのタイプも、「相続させる遺言だから取得者が単独で手続できる」とはいえません。単独で円滑に完結できるのは、承継先が具体的に特定されており、かつ、一つの財産を一人の相続人が単独で取得する場合に限られます。
4.遺言執行者が必要となる、または指定しておくべき場合
相続人以外の者への「遺贈」がある場合、財産を引き渡す義務は相続人全員が負うため、遺言執行者がいなければ全員の関与が必要です(遺言執行者がいれば単独で履行できます/民法1012条2項、1014条)。また、遺言による子の認知、推定相続人の廃除・取消しも、遺言執行者がいて初めて実行できます。このように、遺言の内容によっては遺言執行者が欠かせない場合もあります。
5.相続人に連絡のとれない者・判断能力を欠く者がいる場合
割合で分ける遺言や、同じ金融機関にある財産を複数人で分ける遺言の場合、相続人の中に所在不明の者や認知症等の者がいると、遺言執行者がいないままでは、金融機関の窓口が相続人全員の書類を待つため、手続はほとんど進みません。財産の承継先が具体的に特定されている遺言であれば、こうした場合に、遺言執行者を選任しておく意義が特に大きくなります。遺言執行者は、非協力的な相続人や連絡のとれない相続人を待つことなく、単独で執行できるからです(民法1013条、1014条)。
(注)ただし、遺産分割協議が必要な遺言(前記3)では、遺言執行者を立てても協議自体は進められません。この場合は、別途、不在者財産管理人や成年後見人の選任が必要となります。
6.遺言執行者を指定しておくことが望ましい理由
これまで見たとおり、遺言執行者は常に必須というわけではありません。しかし、必須でない場合であっても、遺言の作成時に遺言執行者を指定しておく意義は大きく、実務ではほぼ標準となっています。主な理由は次の四つです。
(1)手続が円滑になります。権限の明確な遺言執行者が一人の窓口となって進められるためです(平成30年改正(令和元年7月施行)により、預貯金の解約や登記等の権限も明文化されました。民法1014条2項・3項)。
(2)相続人の負担を軽減できます。財産目録の作成から、預貯金の解約・名義変更、財産の引渡しまでを遺言執行者が担うため、高齢の相続人などが自ら金融機関等を回る必要がありません。
(3)紛争を防げます。相続人は遺言の執行を妨げることができず(妨害行為は無効。民法1013条)、また遺言執行者が財産目録を作成・交付するため(民法1007条、1011条)、財産隠しなどの疑いも生じにくくなります。
(4)相続開始後の手続の手間を省けます。遺言執行者が必要になったとき、遺言で指定されていなければ、相続人などが家庭裁判所に選任を申し立てる必要があり、時間も費用もかかります。あらかじめ遺言で遺言執行者を指定しておけば、この申立てをせずに済みます。
ただし、例えば、配偶者にすべての財産を相続させ、その配偶者自身が単独で相続手続を行えるような場合には、遺言執行者の指定がなくても、相続手続上特に支障が生じないこともあります。こうした場合を除いては、遺言の作成時に遺言執行者の指定を漏らさないようにしましょう。
(文責:税理士法人FP総合研究所)