【特別編】不動産オーナーのための 新型コロナウィルス感染症感染拡大に関する対応策その1

昨今の新型コロナウィルス感染症の拡大状況等に鑑み、感染拡大により外出を控えるなど期限内に申告することが困難であるケースが想定されることから、国税庁においては申

告・納付期限を延⻑する措置を講じることとしています。

また、令和2 年4 月30 日には、「新型コロナウィルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律」が成立し、同日に施行され、新型コロナウィルス感染症のわが国社会経済に与える影響が甚大なものであることに鑑み、感染症及びその蔓延防止のための措置の影響により厳しい状況に置かれている納税者に対し、緊急に必要な税制上の措置を講ずることとしています。

今後も外出⾃粛などの要請が⻑引けば更なる経済への打撃は免れません。不動産オーナーの方々にとっても、新型コロナウィルス感染症の影響で商業施設や店舗等が休業や営業縮小などを余儀なくされ、売上げが大幅に下落することに伴い、賃借人から賃料の値下げや免除などの依頼が起こり始め、どのように対応すべきか頭を悩ませていると耳にします。さらにこれが⻑期がすれば、賃貸マンションの⼊居者の中にも収⼊の減少に伴い家賃の⽀払が困難となり、同様の依頼が押し寄せることも想定しておかなければなりません。

世界を襲った未曾有の事態に賃借人に手を差し伸べたいと思う不動産オーナーの方も少なくはないと思いますが、とはいえ、不動産オーナーの皆様におかれましても税金の⽀払、借⼊金の返済、維持管理費用の発生などの負担を考えると、そう簡単に賃料を減額したり、免除できないというのが実情でしょう。

そこで、不動産オーナーの方々のできる範囲で賃借人とともにこの難局を乗り切るための方法について纏めました。

なお、具体的な取扱いや適用要件の詳細につきましては、執筆時現在の情報により記載しています。最新の情報は国税庁のホームページなどで随時ご確認くださいますようお願い致します。

 一日も早く新型コロナウィルス感染症が終息を迎え、不安のない日常生活を取り戻すことができるまで、皆様がこの難局を何とか乗り切るための一助となれば幸いです。

令和2 年5 月8 日

税理士法人FP総合研究所 代表理事・税理士 松原 健司


Q1.(テナントからの賃料減額要請への対処法)

新型コロナウィルス感染症の感染拡大に伴う緊急事態宣言により休業を余儀なくされた テナントから賃料の減額の要望を受けました。どのような対応策が考えられるか教えてく ださい。

A1.一般的な借地借家法に基づく賃貸借契約によれば、賃料の増減に関する規定は経済状 況の変動に伴う場合などと限定されており、今回の緊急事態宣言に伴う⾃粛要請による売 上げの減少は対象とならず、不動産オーナーとしては要望を拒否することも可能です。しか し、今後、休業や営業短縮が⻑引き、テナントの売上げの減少が続けば閉店せざるを得なく なり、不動産オーナーとしてはテナントの退去という事態になることも想像に難くありま せん。平時であれば、新たなテナントを見つけることが容易な好立地であっても、現在の状 況で新たに出店しようというテナントを見つけることは至難の業です。仮にそのようなテ ナントが見つかっても、内装工事などが思うように進まない事態も考えられます。 そのような状況を考えるとお互いの妥協点を見つけ、何とか共倒れとならないような打 開策を考えていく必要があります。具体的には次のような選択肢が考えられます。

① 賃料の⽀払猶予

賃料の一部又は全部の⽀払を売上げが減少している一定期間について猶予し、経営 状況が回復した後に猶予した賃料を分割で⽀払ってもらいます。これにより、テナン トの売上げが減少している期間の負担を軽減することができます。

② 賃料と預り保証金等との相殺

店舗等が賃借人である場合、多額の預り保証金や建設協力金をオーナーに差⼊れて いるケースが一般的です。これは、将来、オーナーにとって、テナントが退去する際 に返還しなければならない金額ですので、これと賃料を相殺することによって実質的 には収⼊減にはならずにテナントの一時的な賃料負担を軽減することができます。

③ 賃料の減額

⽀払いを受けるべき賃料の一部又は全部を一時的に減額・免除します。テナントの 経営状況が著しく悪化していると考えられる場合には、テナントにとっては何よりの 救済となると考えられます。

④ 滞納賃料の免除

既に賃料の⽀払が困難となっており、賃料の滞納が生じている場合において、過去 に遡って、滞納賃料の一部又は全部を免除します。テナントにとっては、今後の営業 再開に向けて、更なる援助になると考えられます。

Q2.(賃料の⽀払猶予を行う場合)

新型コロナウィルス感染症の影響による収⼊減少のため、テナントからの賃料の減額要 請がありました。この緊急事態宣言が解除され、通常営業ができるようになるまでの期間の 賃料の⽀払を猶予することにより、テナントを援助したいと思います。 具体的にどのように交渉したらよいでしょうか。また、この場合に気を付けるべき点につ いて教えてください。

A2. 不動産オーナーにとって、⾃身の銀行借⼊金の返済や税金の負担などを考えると、 そう簡単に賃料の減額に応じられないというのが実情です。そこで、まず、オーナーとして 考えたいのが、賃料の額は維持したまま、その一部又は全部の⽀払時期を延期してあげるこ とで、テナントの資金繰りを一時的に援助する方法が考えられます。この混乱時期が落ち着 いてテナントが通常営業を再開できるようになれば、猶予した賃料を分割で⽀払ってもら うのです。

緊急事態宣言に伴う外出⾃粛の影響度合いや今後の営業再開へのステップは、業種によ って異なるため、猶予する金額や期間はテナントの経営状態に応じて判断することになる と思われますが、不動産オーナー⾃身の負担も考慮すると、賃料の30%から50%相当額の ⽀払を6か月程度、猶予する案などが妥当と考えられます。そして、猶予した賃料について は、その後1年間で分割して通常の賃料に上乗せして⽀払ってもらうなどの条件も予め取 り決めておくことが必要です。そして、このような内容を後日のため、貸主と借主間で合意 書を作成し、双方で取り交わしておく方がよいと考えます。

例えば、月額110 万円(消費税込)の家賃(当月分を前月末までに⽀払う約定)のうち、 30%相当額の⽀払を令和2年6月分から6か月間猶予し、令和3年1月から12 か月に分割 して⽀払うものとした場合の賃料の⽀払状況とその合意書のサンプルは次のとおりです。

家賃対応月 支払期限 賃料(本来) 支払額
令和2 年6 月分〜 令和2 年11 月分 令和2 年5 月31 日〜 令和2 年10 月31 日 110 万円 77 万円
令和2 年12 月分〜 令和3 年1 月分 令和2 年11 月30 日〜 令和2 年12 月31 日 110万円 110万円
令和3 年2 月分〜 令和4 年1 月分 令和3 年1 月31 日〜 令和3 年12 月31 日 110万円 126.5万円

なお、この場合において、不動産オーナーの不動産収⼊については、あくまでも賃料の⽀ 払時期の猶予に過ぎないため、猶予した部分の金額は未収賃料となり、収⼊すべき金額は月 額110 万円となり、年間収⼊金額は1,320 万円として申告を行うこととなります。そのため、不動産オーナーにとっては、実際の収⼊金額は1,122 万円しかないにもかかわらず、契 約金額に対応する税負担が生じるため、資金繰りについては十分に注意を払う必要があります。

Q3. (賃料と預り保証金等を相殺する場合)

新型コロナウィルス感染症の影響による収⼊減少のため、テナントからの賃料の減額要 請がありました。この緊急事態宣言が解除され、通常営業ができるようになるまでの期間の 賃料と、将来、返還を要することとなる預り保証金とを相殺することにより、テナントの資 金繰りを援助したいと思います。 具体的にどのように交渉したらよいでしょうか。また、この場合に気を付けるべき点につ いて教えてください。

A3. テナントとの賃貸借契約においては、その建物をテナントの要望に沿って建築する ことから汎用性に欠けるため、退去リスクに備え、多額の預り保証金の差⼊れを受けるケ ースが多く見受けられます。また、契約条件によっては、建物の建築費の一部を建設協力 金として不動産オーナーに貸付け、賃貸期間中の賃料と相殺しながら不動産オーナーがテ ナントへ返済していく契約条件としているケースもあります。

これらのいずれも不動産オーナーにとっては、テナントに対する債務であり、預り保証 金は将来、テナントが退去する際に一時で返還をしなければならず、建設協力金は返済し 終えるまで今後の賃料と相殺されることとなります。

そこで、テナントの資金繰りが悪化しているこの期間において、預り保証金などの不動 産オーナーの債務と賃料を相殺することにより、テナントの賃料負担を軽減させるととも に不動産オーナーの将来の債務を軽減させることが可能となります。 この場合においても、不動産オーナーの税負担などを考慮すると契約上の賃料の30%か ら50%相当額を目安として預り保証金等と相殺して⽀払額の減額に応じるのが妥当と思わ れます。

例えば、月額110 万円(消費税込)の家賃(当月分を前月末までに⽀払う約定)のうち、 30%相当額の⽀払を令和2年6月分から6か月間に亘り賃料から減額する場合の賃料の⽀ 払状況とその合意書のサンプルは次のとおりです。

家賃対応月 支払期限 賃料(本来) 支払額
令和2 年6 月分〜 令和2 年11 月分 令和2 年5 月31 日〜 令和2 年10 月31 日 110万円 77万円
令和2 年12 月分〜 令和2 年11 月30 日〜 110万円 110万円

なお、この場合において、不動産オーナーの不動産収⼊については、あくまでも賃料 110 万円受領したうえで33 万円の預り保証金を返還したと考えられるため、収⼊すべき金 額は月額110 万円となり、年間収⼊金額は1,320 万円として申告を行うこととなります。

そのため、不動産オーナーにとっては、実際の収⼊金額は1,122 万円しかないにもかかわ らず、契約金額に対応する税負担が生じるため、資金繰りについては十分に注意を払う必要 があります。

Q4. (賃料を減額する場合)

新型コロナウィルス感染症の影響による収⼊減少が著しいため、テナントから賃料の減額要請がありました。そこで、契約内容の見直しを行い、今般の感染症の流行が終息するまでの期間、減額に応じて何とかテナントが経営危機を脱することができるよう資金繰りを援助したいと思います。具体的にどのように交渉したらよいでしょうか。また、この場合に気を付けるべき点について教えてください。

A4. 賃料の減額については、⽀払猶予と異なりテナントにとっては将来の負担が増えることもないことから、最も多い要望と思われます。この場合において、貸主・借主がともに個人の場合には関係ありませんが、いずれかが法人又はいずれも法人である場合には、賃料を減額したことに合理的な理由がなければ、減額前の賃料の額と減額後の賃料の額との差額については、原則として、貸主から借主に対する寄附金として取り扱われ、法人税法上、損金と認められないこととされています。

しかしながら、例えば、次の条件を満たすものである場合には、実質的には借主との間の契約条件の変更と考えられますので、寄附金として取り扱われることはないとされています。

① 取引先等において、新型コロナウイルス感染症に関連して収⼊が減少し、事業継続が困難となったこと、又は困難となるおそれが明らかであること

② 貴社が行う賃料の減額が、取引先等の復旧⽀援(営業継続や雇用確保など)を目的としたものであり、そのことが書面などにより確認できること

③ 賃料の減額が、取引先等において被害が生じた後、相当の期間(通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいいます。)内に行われたものであること

『国税庁 国税における新型コロナウィルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ』参照

この場合においても、不動産オーナーの税負担などを考慮すると賃料の30%相当額の減額が上限と考えます。また、期間についても、テナントの業種によって、通常営業に戻るまでの期間が異なると思われることから、3 か月から6 か月の期間で検討し、今後の新型コロナウィルス感染症の感染状況に応じて減額割合や期間を見直すのがよいと考えます。具体的な内容を明確にしておかなければ、当初の賃料への戻すため交渉を改めてしなければならないことになりますので、双方で合意書を作成しておくことが大切です。

〔参考〕

➣ 法人税基本通達9−4−6の2(災害の場合の取引先に対する売掛債権の免除等)

法人が、災害を受けた得意先等の取引先に対してその復旧を⽀援することを目的として災害発生後相当の期間(災害を受けた取引先が通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいう。)内に売掛金、未収請負金、貸付金その他これらに準ずる債権の全部又は一部を免除した場合には、その免除したことによる損失の額は、寄附金の額に該当しないものとする。

既に契約で定められたリース料、貸付利息、割賦販売に係る賦払金等で災害発生後に授受するものの全部又は一部の免除を行うなど契約で定められた従前の取引条件を変更する場合及び災害発生後に新たに行う取引につき従前の取引条件を変更する場合も、同様とする。

(注) 「得意先等の取引先」には、得意先、仕⼊先、下請工場、特約店、代理店等のほか、商社等を通じた取引であっても価格交渉等を直接行っている場合の商品納⼊先など、

実質的な取引関係にあると認められる者が含まれる。

 

➣ 租税特別措置法関係通達(法人税編)61 の4(1)―10 の 2(災害の場合の取引先に対する売掛債権の 免除等)

法人が、災害を受けた得意先等の取引先に対してその復旧を⽀援することを目的として災害発生後相当の期間(災害を受けた取引先が通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいう。)内に売掛金、未収請負金、貸付金その他これらに準ずる債権の全部又は一部を免除した場合には、その免除したことによる損失は、交際費等に該当しないものとする。

既に契約で定められたリース料、貸付利息、割賦販売に係る賦払金等で災害発生後に授受するものの全部又は一部の免除を行うなど契約で定められた従前の取引条件を変更する場合及び災害発生後に新たに行う取引につき従前の取引条件を変更する場合も、同様とする。

(注) 「得意先等の取引先」には、得意先、仕⼊先、下請工場、特約店、代理店等のほか、商社等を通じた取引であっても価格交渉等を直接行っている場合の商品納⼊先など、実質的な取引関係にあると認められる者が含まれる。