【No568】取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第2回・第3回)の概要
国税庁は、令和8年5月11日に第2回、6月4日に第3回の「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を開催しました。これら2回の会議では、法学、会社法、会計学、M&A実務の専門家のほか、日本商工会議所や日本税理士会連合会といった経済界・実務家からのプレゼンテーションが行われました。
会社法やM&A実務の観点からは、現行の類似業種比準方式の理論的根拠に疑問が呈された一方で、経済界からは継続企業を清算前提の純資産価額で評価することへの強い反発や、円滑な事業承継のための評価と税制の一体的議論を求める声が上がりました。
令和8年5月13日付のFPNews(有識者会議第1回の概要)と併せてご確認ください。
1.各専門分野から見た現行評価の課題(第2回会議)
①税法・会社法の視点
税法の観点からは、相続税法上の「時価」とは「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額」であり、時価によらない評価は違法であるとの原則が示されました。事業承継への配慮として評価額を抑えることは、本来は評価通達の中ではなく、特別措置などの法律によって対応すべきとの指摘がなされました。
会社法の観点からは、裁判所の価格決定において類似業種比準方式は昭和62年以降採用されていないことが報告されました。これは、比準割合等の算定に理論的・実証的裏付けがないことや、適切な比準対象の上場企業を見出すのが困難なためです。現在、裁判所ではDCF法(インカム・アプローチ)が主流となっており、純資産価額はあくまで評価の「下支え(下限)」と位置付けられています。
②M&A実務の視点
中小企業のM&A実務においては、信頼性の高い事業計画が作成されていないケースが多く、将来予測に基づくDCF法の適用は困難であることが多いと報告されました。そのため実務では、現実の財政状態と経営成績をバランスよく反映する「時価純資産+営業権法(年買法)」が多く採用されています。この手法では、税務ベースの決算書に対し、役員報酬の修正や資産の含み損益、退職給付引当金などの調整を行った上で時価純資産が算定されている実態が紹介されました。
2.経済界および実務家からの切実な声(第3回会議)
①円滑な事業承継を阻害する過大な税負担(日本商工会議所)
中小企業は地域の雇用や社会インフラを支える中核的な存在です。しかし、企業が成長し積極的な投資を行うほど株価が高騰し、極めて重い税負担が課される現行の評価方法は、結果として企業の成長を阻害しているとの強い懸念が示されました。また、上場企業においてPBR(株価純資産倍率)1倍割れが常態化している現状を引き合いに出し、継続企業である中小企業を「解散価値」に等しい純資産価額で評価することの不合理さが指摘されました。これらを踏まえ、実務上不可欠な類似業種比準方式の維持と、「株式評価と税負担の一体的議論」が強く求められました。
②実務上の問題点と恣意的な操作性の排除(日本税理士会連合会)
評価実務の現場からは、類似業種比準方式と純資産価額方式の乖離により、規模区分の違いで大会社よりも中会社の評価額が高くなる「評価の逆転現象」が生じていることが報告されました。また、赤字が続いた場合や資産の一時的変動によって「特定の評価会社」に該当した途端、株価が急騰する「不連続で不合理な時価評価」も深刻な課題とされています。 さらに、無議決権株式を用いた配当還元方式の濫用や、グループ法人税制を悪用して子会社へ利益を集約させ、親会社の評価額を不当に引き下げるスキームなど、制度の死角を突いた株価操作が横行している実態が示され、評価の適正化が強く訴えられました。
3.新たな評価アプローチの模索(会計学の視点)
第3回会議では、会計学の観点から「インカム・アプローチ」の導入に向けた詳細な検討が行われました。企業の価値の源泉は保有する純資産だけでなく、研究開発投資や従業員の意欲といった「貸借対照表に現れない無形項目」が生み出す収益力にあり、それを適切に評価へ反映するにはインカム・アプローチが不可欠であると解説されました。
会議では、インカム・アプローチの代表的な手法として「配当割引モデル」「割引キャッシュフロー(DCF)モデル」「残余利益モデル」の3つが比較されました。将来予測のデータが正確であれば理論上はいずれも同じ評価額に到達しますが、実務への適用においては「残余利益モデル(RIM)」が定性的に最も優れているとの見解が示されました。 その理由として、以下の点が挙げられています。
- 配当割引モデルは、配当をゼロに抑制している企業や定額配当の企業には適用が困難である。
- DCFモデルは、成長期の設備投資等でキャッシュフローがマイナスになる企業には適用しづらく、数年先の残存価値(ターミナル価値)への依存度も大きくなりやすい。
- 残余利益モデルは、適用不可能なケースが特になく、発生主義会計の利益に基づくため将来予測のブレ(ボラティリティ)が比較的小さく、ターミナル価値への依存度も低い。
一方で、これを中小企業の税務評価に適用するにあたっては、将来の純利益に関する客観的かつ恣意性のない予測方法の確立や、非上場会社における「自己資本コスト(期待利回りやリスクの量)」をどう算定するかなど、実務に落とし込むための技術的な課題も整理されています。
4.今後の論点
これまでの会議を通じて、「客観的・理論的な時価の追求」と「円滑な事業承継の促進(税負担の軽減)」という、時として相反する二つの要請をどのように調和させるかが最大の課題として浮き彫りになっています。
法学・会社法の視点からは、「時価」によらない評価は本来違法であり、事業承継への配慮は評価通達を歪める形ではなく、事業承継税制などの特別措置(法律)によって対応すべきとの原則論が示されています。
一方、経済界や実務家からは、継続企業を清算前提の純資産価額で解散価値として評価することへの強い違和感や、純資産価額の算定において退職給付引当金などの実質的な負債を減価要素として適切に控除すべきとの切実な声が上がっています。
また、一部で横行している無議決権株式やグループ法人税制などを悪用した不当な「株価圧縮スキーム」に対する抜本的な封じ込めも急務となっています。
国税庁が第1回会議から掲げている、①評価額の“崖”の解消、②今日的観点からの見直し、③恣意性・操作性の排除、④第三者への事業承継の動向反映、という「4つの基本観点」を軸に、経済界が強く求める「株式評価の適正化と事業承継税制(税負担軽減)の一体的な議論」が今後どのように進展していくのか。日本の中小企業の未来を左右する新たな評価制度の構築に向け、議論の行方が大きく注目されます。
(文責:税理士法人FP総合研究所)